全身全霊ドビュッシー


この夏のある日、パリのバスチーユ広場の近くにあるご自宅に奈良ゆみさんを訪れ、お話をうかがいました。



(おずおずと)毎日の生活のリズムをうかがいたいのですが・・・

ゆみ




(堂々と)起きるのは8時から9時頃、一定していません。顔を洗わないですぐコーヒー。そしてぼっとしてるの。あれこれ考えながらぼっとしてるの。これがすごく大切な時間。



神聖な時間ですね。

ゆみ

そう、神聖な時間。それでエネルギーがわいてくる。それから発声練習に入るの。



お化粧は?

ゆみ


その前にちょっとだけ。声が整ったところで仕事の連絡をしたりする。それまでは電話には出ないことがある。声によくないので。

[ということで11時前のゆみさんへの電話はよくないようです]



そしてそのあとに本格的な練習ですね。

ゆみ



そう。午前中ずうっと。ときには2時ぐらいまですることもある。そしてお昼のあとはまた夕方まで。ときには8時ぐらいまで。週に2回くらいピアニストと合わせてチェックしてもらう。だから、いつも大変なの。



お昼は外ですか?

ゆみ

近くでたべることもあるけど、うちでつくる方が多い。



お料理はなさるのですか?

ゆみ


お料理大好き! お料理大好き! 朝市に行って、顔色のいいお野菜を買うの。ぴちぴちしていて、買って買ってとおねだりしてくる野菜を。



得意なお料理は?

ゆみ

・・・・・・そんなこと言ったって。いま忘れた。

[この質問、ヤボでした。あれが得意、これが得意なんて、はずかしくて言えないじゃないですか。でも何回かゆみさんの手料理をご馳走になった私は知っています。大きな赤ピーマンをオーヴンでやいて作るペペローニ、これはどんなレストランでも味わえない絶品です。それからパスタもジャガイモサラダも、残りものから作るチャーハンも]



洋服などのお買物は?

ゆみ



それもダーイスキ! でも時間がないの。いつかものすごくナマケモノになって、すてきなお買物をタークサンしたい。そしておいしいものを食べにいって、大好きなお友達と、とりとめもないお話をタークサンしたい。でも時間がないの。

[突然、部屋の一角にかざってあったおはなを見て叫び出す]
ゆみ
お花がきれい。お花がきれい。お花ダーイスキ!
[大好きではなく、ダーイスキ!なのです]




(音楽のこともうかがわねばとやや焦りつつ)音楽を続けていて楽しいとき、よかったと思われるのはどんなとき?

ゆみ




1つ1つのコンサートというよりは、1つのものに取り組んでいるといろいろな発見をするのね。音楽的なことも、歴史的なことも。それから、自分の中に感じることの発見がある。それが楽しい。生きていて、自分が言いたいものを持っていて、それを80から90パーセント表現できたと思えることもしあわせ。めったにないことだけど。

Q 

逆に、辛いことは?

ゆみ



時間が足りないこと。歌うって、自分の可能性に対する挑戦なのね。時間がないとそれができないの。特に現代音楽は超技巧を強いられるから、エキサイティングだけれど、十分な時間がないと辛い。人間関係でも時間がないと圧力が強まるし。




(みんなが聞くことばかり、と言いたげなゆみさんの視線にたじたじょいしながら、それでもめげずに)いまどんな先生についてレッスンを?

ゆみ




複数の先生ね。ロンドンにいるヴェラ・ロージャのところに定期的に行ってるし、カミーユ・モラーヌのレッスンもときどき受けている。あのね、カミーユ・モラーヌが言ってくれたの。「ドビュッシーを歌うために生まれてきたような人だ」って。とてもうれしかった。ドビュッシーは私の全身全霊のような気がするから。





12月14日の高槻でのコンサートでは、いままでにないプログラムが組まれていますね。

ゆみ



そう、チェンバロの中野振一郎さんと御一緒なので、バロックのものをいくつか入れました。





12月20日の王子ホールでのコンサートでは、スペイン語、ドイツ語、フランス語と3つの言葉で歌うのですね

ゆみ

そう、アルゼンチンのボルヘスのテクストなんかもあるの。



どの言葉にも入っていけますか?

ゆみ


私の考えでは、テクストは記号で、言葉の背後にあるものの方が深いのね。それをどう表現するかが問題なのね。



でも強いて、一番むいている言葉というと?

ゆみ

やっぱりフランス語かしら。ドビュッシーを聞いてこちらに来たわけだから。



最後に、聴衆に、こんなふうに聴いてもらえたら、という御希望は?

ゆみ




ある意味で言葉というのは大事で、言葉をわかっていただければ一番いいけれど、でも、1つのアートとして、声による表現として聴いていただければ一番うれしい。私としては言葉を限りなく追求しているけれど、一番いいのはその究極の言葉さえなくなる状態、それが伝えられればいいと考えているの。オペラにしてもすべての言葉をわかって聞いているわけではなくて、表現に感動するのね。



ありがとうございました。では日本で!

ラ・プレイヤード会報8号より
1996年10月27日発行




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